ブラック企業に関する議論が百出しているが、どうもズレを感じることが多い。

まず、この手の議論で必ず顔を出す「修行と思って我慢しろ」という意見は、
最も重要な論点を見落としているように思う。

もう一方の雄である「まず国は労基法をしっかり守らせろ」とか
「経営者はもっとコンプライアンスを重んじろ」的な議論は、議論以前に根本的に
認識が間違っている。

論点が見えていない人と見当違いの人同士が延々と場外乱闘をしているだけなので
(見世物的には面白いかもしれないが)いつまで経っても議論は前に進まない。
いや、それこそが過去50年間の日本の姿なのかもしれない。

というわけで、筆者自身はあちこちに書き散らかしていることではあるが
(ブログしか見ない人もいるだろうから)あらためてブラック企業とは何かについてまとめておこう。

3行でわかる日本の労働法制

日本の労働法制を超簡潔に説明すると、3行で終わる。

・終身雇用だけは最優先で死守すべし
・そのためなら、他のことは大目にみましょう
・とはいえ、終身雇用についても、余裕のある会社だけ守ってくれればいいです


要するに終身雇用の名の下、民間企業に社会保障機能を丸投げしているため
「少なくとも余裕のある会社は雇用を守ってね、そのかわりその他のことは大目に
見ますから」というわけだ。

たとえば残業については月45時間までという上限は一応あるけれども、労使で
協定を結べば青天井で命じることが可能となる。
なぜなら、忙しい時に人を雇ってしまうと、暇になった時に誰かを首にしないと
いけない。それを避けるには「忙しくてもみんなで一生懸命残業するための抜け道」
が必要だからだ。


だから、組合のある企業はたいてい、労使で年1000時間以上の残業が可能なように
取りきめている。

ちなみに日経の「就職人気企業上位225社」のうち、60%以上の企業で、
国の定めた過労死基準を越えた残業が可能となるよう労使が協定を結んでいる。

トップの大日本印刷なんて年1900時間残業がOKだから、月換算で160時間弱
の残業が(合法的に)出来てしまう計算になる。過労死認定基準が月100時間残業
だから、これならいつ誰が死んでもおかしくないだろう。

というか、実際にサラリーマンはバタバタ死にまくっていて労災認定される死亡ケース
だけでも平均して年に300件前後、これは氷山の一角だから、毎年その数倍の
サラリーマンが死にまくっている計算になる。

にもかかわらず、従業員が過労死して誰かがお縄になったという話は誰も
聞いたことがないだろう。法律的に違法ではないのだから当然だ。
日に数人は亡くなっている計算なので、こうしてブログを書いている間にも三途の川
を渡られた方はいらっしゃるに違いない。

残業だけではなく、有給の取得率が低いのも、辞令一枚で全国転勤OKなのも、
すべてはこの「終身雇用を守るために大目に見ましょう」の精神から発していることだ。
だから「法律を守らせろ」とか「経営者のモラル云々」という議論は、百年やっても
一歩も前に進まない。ほとんどの場合、それらは違法ではなく、合法なのだから。

ちなみに、筆者は最初に“ブラック企業”という呼び名を考えた人はなかなか
キャッチコピーの才能があるなと考えている。というのも、違法ではない以上、
法律違反企業とか犯罪企業とは呼べない。でも“ブラック企業”なら、違法とは
断言していないから訴えられるリスクも無い上に、なんとなく悪そうなイメージも打ち出せる。
マーケティングセンスは中々のものがあると思う。

なぜブラック企業は無くならないのか

当然ながら、この問題は最近降ってわいた話ではない。高度成長期、つまり
終身雇用が日本に生まれた時代から存在していた問題だ。日本人の過重労働
の問題は、男女間格差問題と同様、国際機関からもたびたび是正勧告されて
いるし、「karoshi」が英単語になったのは筆者が物心つく以前の話だ。

なぜ、かくも長い間、この問題は解決しなかったのか。
それは「合法的ブラックの規制=終身雇用の否定」となってしまうためだ。
いうなれば、我々日本人は、長時間残業や有給取得率の低さ、全国転勤
といった就労条件の劣悪さと、終身雇用という有難味を天秤にかけ、全体としては
後者を選択してきたとも言える。

だが、実際には、ほとんどの日本人が現実を知らないまま、そういう選択をさせられて
きたのではないだろうか。多くの人は(戦後日本だけの特殊な)終身雇用制度を所与
のものと考え、経済大国化した後にも続く生きにくさを「経営者のモラルの問題」で
片づけてしまっているように見える。

だからこそ、筆者は今回の長文エントリーをあえて書いた。
それは誰かのモラルの問題ではないし、天から与えられた日本独自のカルチャー
でもない。ここ数十年に誕生した、割と最近の慣習の一つなのだ。

ただし、この問題が解決して欲しくない人達もいる。
倒産の危険のない超大企業や公務員の労組といった面々は、21世紀の今でも、
一定の就労条件の悪さを我慢しさえすれば、終身雇用自体は間違いなく保証
されるのだ。先進国から雇用がどんどん海外流出する時代、これは捨てがたい魅力
に違いない。そういったポジションの人間の中には、この種の問題を構造的問題
ではなく、個々の企業問題としてフォーカスしたがる人間がいる。

ひたすら個々の企業問題に落とし込もうとする人間がいたら、とりあえず彼に
解決策を聞いてみるといい。現状を変えたくないがために発言をする人間というのは
えてして処方箋は持ち合わせないものだ。

ユニクロはむしろ残業時間の少ない優良会社

以上のような観点からすると、日本の会社は3つに分類できる。

1.終身雇用はたぶん保証される合法的ブラック企業(おもに大企業)
2.合法的ブラック企業だが、実は終身雇用も怪しい企業(大多数の中小企業)
3.ヤクザが経営関与しているようなリアルブラック企業

3番については別途議論もすべきだし摘発もされるべきだろう(ほとんど無名企業だろうが)。
だがネットで話題となっている“ブラック企業”なるもののほとんどは“合法的ブラック企業”
なわけで、そんな会社をまな板に上げて「ここはコンプライアンスが~」とか
「耐えるんだ若者よ」とか言いあっても、正直、筆者からすると時間の無駄としか思えない。

ちなみにユニクロことファーストリテイリングだが、同社は月80時間、年960時間
程度の残業上限を設定しており、上記ランキングの中では全然マシな方である。

【以下、MynewsJapanより引用】
NTT各社やソニー、任天堂、IHIなど有名な大企業が月200時間で
あったり150時間といった協定を結んでいることを見たあとでは、月100時間
程度の時間外労働は当たり前、月80時間が標準であるように思えてくる。


そりゃ大企業なんだから重箱の隅をつつけば出勤簿操作してサービス残業している
従業員もいるかもしれない。でも組織としてやらせているわけではないのだから、
それだけをもって同社がブラック企業云々いうのはちょっと筋違いだろう。
さらに言えば、同社は残業時間の大幅な削減も検討中であるという。

立派な労組のある他の大企業が組合員を過労死基準オーバーで働かせる協定
を作る一方、労組すらないユニクロがそれより少ない残業時間に抑えようとつとめて
いるのは、なんとも皮肉な話だ。だがそれこそこの問題の本質をあらわしている。
“ブラック企業”とは労使の共同作品のようなものなのだ。


同社の5割近い離職率についても、小売業全体の数字が44%という点を踏まえると
とりわけ高い水準とも思えない(大卒3年内離職率)。有名企業なんだからもっと
採用時に自社にあった人材を厳選する余裕はあるはずなのだが、そこは本記事
指摘するように、恐らく採用セクションの技量不足の問題だろう。

変えるべきはブラックを必要とする終身雇用

さて、ではこれから我々はどういう風に社会を変えていくべきだろうか。
筆者自身の意見は、ブラックを必要悪とせざるをえない終身雇用自体にメスを入れる
というもの。冒頭の労働法制を以下のように変えることだ。

・終身雇用だけは最優先で死守すべし 
→ 労働時間は上限をきっちり守り、有給も労働者の自由に取らせろ。
   人足りなかったらじゃんじゃん雇え

・そのためなら、他のことは大目にみましょう 
→ 賃下げや解雇については柔軟に認める

・とはいえ、終身雇用については、余裕のある会社だけ守ってくれればいいです 
→ 大手企業から中小企業まで、同じ基準を適用すべし

少なくとも、過労死のようなケースはこれで激減するはずだ。

もちろん「何もしない」という手もある。
ただその場合、何も状況は変わらない。庶民が井戸端で「お上は何をやっているだ」
と文句を言い、なんとかユニオンだのNPOだのがブラック企業という言葉で
庶民のガス抜きし続けても、これからも毎年千人以上の人間が死に続けるだろう。
過去40年以上、日本が通ってきた道を延々と堂々めぐりすることになる。
我々は過去、死ぬ必要の無かった数万人の同胞を失ってきたが、これからも
同じくらいの数の仲間を失うことになるだろう。

今回は、ああしろこうしろとは、筆者は言わないことにする。これを読んだ個々人で
考えてみて欲しい。自分は昨年、どれだけ残業したか。過労死認定基準である
月百時間を越えた月は無かったか。労働者の権利である有給はどれだけ消化
させてもらっているか。

そもそも、今の会社は、そこまでして耐え忍ぶ価値がある、つまり終身雇用が保証
できる会社なのか。

繰り返すが、この終身雇用制度というシステムは、文字通りそれが保証されうる
ような大組織であれば、労働条件の劣悪さを甘受する価値はゼロではないと思う。
でも、ハナからそんな余裕などない会社に勤める多数派の労働者にとっては、
まったくなんのメリットもないシステムだ。

それらを冷静に考えることが出来れば、恐らく、多くの人の解はそんなに違いはないはずだ。



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